| PROFILE | |
|---|---|
| 生年月日 | 1981年9月22日 |
| 出身地 | 北海道 |
| 出身校 | 北海高校 |
| 身長・体重 | 173cm 70kg |
| 血液型 | A型 |
| 所属チーム | 浦和レッドダイヤモンズ |
| ポジション | MF.FW |
| J.League Data | ||
|---|---|---|
| 2000年5月4日 J2第10節 湘南戦でリーグデビュー。 | ||
| 2000(J2) | 14試合2得点 | コンサドーレ札幌 |
| 2001 | 24試合3得点 2アシスト |
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| 2002 | 14試合4得点 1アシスト |
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| 2003 | 21試合6得点 4アシスト(11/14現在) |
浦和レッドダイヤモンズ |
| 通算記録 (11/14現在) |
59試合13得点(J1) 14試合2得点(J2) |
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| タイトル | |
|---|---|
| J2年間優勝 | 2000 |
| Jリーグ新人王 | 2001 |
| U−日本代表 Data | |
|---|---|
| アジアユース 準優勝 | 2000 |
| ワールドユース | 2001 |
| ツーロン国際大会 3位 | 2002 |
| コメント |
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| 当サイトの管理人が特に注目している選手である。 積極的なシュートや飛び出しなど、シャドーストライカーとしてのプレーを得意としている。 また、これらのプレーに見られる前向きな姿勢が魅力であり、 そして、視野が広くそれを生かすパスの精度も磨きがかかっている若き司令塔である。 真駒内中学校時代の約2年半ブラジルに留学した経歴があり、ドリブルも武器である。 代表では、2001年にU−20代表に選ばれ、世界ユース選手権で3試合に出場し2得点を決めた。 2002年のU−21代表では、ツーロン国際大会3位入賞の原動力となった。 Jリーグには、2000年にコンサドーレ札幌へ入団し、5月4日の湘南戦のVゴールで鮮烈なデビューを飾った。 その後、数々の経験を重ね順調に成長し、入団3年目の2002年には、日本人ではチーム史上初となる背番号10番が与えられ(ちなみに2000年は28番、2001年は18番)、副キャプテンを任せられた。 そして、低迷するチームの中で孤軍奮闘していたが、8月に右ひざ前十字靱帯断裂というアクシデントに見舞われ、 残りのシーズンを棒に振り、チームもJ2降格という不運なシーズンを送った。 その後、リハビリ中であった2002年末に高いレベルでのプレーを求めて、J1浦和レッズへの移籍を決断。2003年からは浦和レッズでプレーしている。 浦和レッズでは、昨年からの長いリハビリを終え、第1S第2節の名古屋戦に途中出場し、232日ぶりに公式戦出場を果たした。 そして、第1S第5節のC大阪戦で移籍後初ゴールを決め、第6節の東京V戦には移籍後初先発。2戦連続となるゴールを決めるなど完全復活を果たした。 ユース代表には、5月21日に行われた親善試合U−22ニュージーランド戦で、約9ヶ月ぶりに復帰を果たした。途中出場ながらループシュートでゴールを決め、結果を残した。 悲願のアテネ五輪出場を果たすためにも、今後も活躍が期待される。 |